「好み」だけではなかった日本人が“新築好き”になった理由

2019年12月20日

「新築信仰」という言葉がある通り、日本の不動産市場では流通する8割以上が新築である。これは日本人の「好み」というだけではなく、ライフステージの変化に対応した物件供給ができていない賃貸市場や、依然として広がる新築向けの宅地造成、住宅ローン減税などの新築優遇税制、その一方で中古住宅市場の不透明さなどが影響している。これらは法的な枠組みにとどまらず、住宅取引の慣行、供給のあり方など、規範・慣習によって形成された広い意味での「制度」に起因している問題である。

 

住宅の需給を考えるとき無視できないのは「取引費用」だ。「取引費用」とは、経済的な取引が行われるための情報収集や、取引の履行、権利の保護などにかかる費用のことである。例えば、住宅購入の際に物件が不具合を抱えていないか調べるには費用がかかる。住宅を売ったり貸したりするときにも、買い手が約束した金額を払わなくなるリスクも費用になる。なぜ日本人が「賃貸ではなく持ち家」、さらには「中古ではなく新築」という選択をするようになったのかを分析する。

 

ファミリー世帯が 賃貸から持ち家に移る理由

 まず着目するのは、貸し手の「取引費用」である。遡(さかのぼ)れば戦前の地代家賃統制令をきっかけとする借家人への強い保護が現在も続いているため、家賃を滞納されても、貸し手がすぐに退去させることが難しい。特に間取りの大きな物件で好ましくない借り手を抱えてしまうことは、貸し手にとって大きなリスクになる。必要に迫られれば借り手を退去させて、自分の資産を利用する自由が制限されることを考慮すると、貸し手は住宅の質を上げようとはせず、規模が小さい物件を供給することを選びがちだ。結果として、ファミリータイプなど一定以上の広さで質の高い住宅は、賃貸住宅として供給されにくくなった。

 都心においては、家族向け賃貸住宅が少なく、家賃も高い。割高でも借りてくれる人がいることは、貸し手が住宅の質を上げようとしない原因にもなる。結婚や出産を機に広めの住宅に住もうとすると質の割に高い家賃を払い続けて賃貸に住むか、資産価値を考えて持ち家を所有するかという選択を迫られる。賃貸のほうが割高である傾向がある中で、持ち家で安く家族向けに質の高い住宅を手に入れることができれば、後者を選ぶのは自然だろう。

 広めの賃貸に住むという選択肢が少ないなかで、政府はアパートを振り出しにして、少し広めの公営などの賃貸、マンションへと住み替え、戸建てを中心とした持ち家がゴールという「住宅双六」のような人生を標準パターンとし、住宅を購入する中間層への金融支援を政策の軸としてきた。1980年代以降は、内需拡大の手段として融資戸数の拡大だけではなく、融資額も大きく増えた。そして、バブル崩壊後は、景気対策の手段として住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)を通じた持ち家取得への融資が広がっていった。

 

持ち家のほうが割安だとしても、本来巨額の住宅ローンを組むことができる人は限られているはずである。しかし、90年代後半以降の金融緩和の中で、住宅ローン向けの金利が極めて低い状態が続き、金融機関の間の競争が激しくなる中で、以前よりも少ない頭金でローンが組まれる傾向にある。そのような状況を背景に、住まいの改善には持ち家の購入が必然とされ続けた。

 日本のように多くの人が一世代限りで消費することを念頭に住宅を購入するとき、誰かが自分の住宅を中古住宅として売り出そうにも高く売ることは難しい。仮に売り出された住宅が中古住宅として利用に堪えるものであったとしても、多くの人が住宅の価値を劣化させているなかで、その住宅だけには本当の価値があるということを買い手が知るのは簡単ではないからである。そのような情報を得るために「取引費用」を負担するくらいなら、住宅を新築するために整地した土地だけを欲しいという買い手も少なくはないだろう。

 中古住宅の流通には、買い手側にとって、住宅に深刻な欠陥がないと判断できるような情報が提供されることが重要であり、そのような情報を取得するために「取引費用」がかかる。そこで必要な情報とは、端的に住宅の質とそれに応じた価格である。買い手は、売り手の提示する価格が住宅の質に見合わない不当なものだとわかっていれば、当然購入を控える。しかし、もしそれが簡単にはわからないとなると、高い費用を払って質の悪いものを入手することになりかねない。価格に見合わないものが市場に混じっていて、しかもその質を判断するために高い「取引費用」がかかるとすれば、買い手は購入を控えるようになる。結果的に、良質な住宅でも妥当な価格で販売することが難しくなり、中古住宅の市場が成り立ちにくくなるのである。

 新築への後押しは税制の面からも行われた。住宅を購入するために10年以上のローンを組んだ場合、所得額から一定額を控除する住宅ローン減税のような制度や、固定資産税・都市計画税といった地方税の一部減免がある。しかし中古住宅では、このような優遇が新築と比べて限られてきた。また、中古住宅が価値ある「商品」として需要されるためには、住宅の所有者がその価値を維持するようなリフォームを行い、その投資が中古住宅の価値に反映されることも必要だが、そのような建物部分へのリフォーム投資が評価されることは少ない。そして、そのようなリフォームを促すような優遇措置は最近まで行われてこなかった。

 

地方の政治制度が 拍車をかける

 仮に中古住宅が優遇されていなかったとしても、新築住宅が非常に高価であるとすれば、多くの人は中古住宅を買わざるを得ないだろう。そしてそのような行動が、中古住宅の市場を成り立たせようとする努力につながるはずだ。しかし日本の場合、新築住宅の供給は容易であり、中古住宅と比べて非常に高価なものとはならなかった。その背景として、地方の政治制度がある。
 一般に、都市で持ち家が増えると、大規模な再開発は難しくなる。土地の権利関係を調整するのに多大な取引費用がかかるからである。都心に近い利便性が高い地域では新しい住宅が供給されにくく、価格も高騰するだろう。そこで論点になるのは、すでに開発された地域を再開発して住宅を増やすのか、都市を拡張して新しい宅地を作り、住宅を増やすのか、という点である。結論から言うと、日本では後者に偏るかたちで住宅が増やされてきた。
 1968年に制定された都市計画法は開発すべき土地(市街化区域)と、そうでない土地(市街化調整区域)の線引きを行う。そのうえで、土地の区画や形質を変えるような開発行為には許可を必要とするとともに、開発を認める土地については、それが商業地・工業地として開発されるべきか、住宅地として開発されるべきかといった用途指定を行うことになった。要するに都市として開発する地域を限定するもので、厳格に運用されれば住宅を増やすためには市街化区域内の再開発が中心となるはずだ。
 こうした地方自治体による規制が行われるものの、それは必ずしも十分とは言えなかった。市街化区域には農地なども広範に含まれ、当初から広めに設定される傾向があった。
 なぜなら、ある土地が市街化調整区域に指定されることは、その区域での開発を原則的に禁止することを意味しており、重大な私権の制限を受ける土地の所有者から強い反発が生じるからである。そのため、実際に開発が行われる可能性が低くても市街化区域に指定される土地が多くなり、そのなかで徐々に住宅地が広がっていくという現象が起きた。
 さらに本来は開発が認められない市街化調整区域であっても、例外的に認められる開発行為が多く、2000年以降の規制緩和によってそのような開発がより進みやすくなった。

 

これを下支えする形となったのが、地方議会の選挙制度である。地方議員は、大選挙区・単記非移譲式投票と呼ばれる、一人一票で多くの得票を得た候補者から順番に当選していく選挙制度で選ばれる。結果として10万人規模の市であっても1000票程度の得票で当選できる。そんな選挙に直面する候補者にとっての問題はこれをどう固めるか、ということに尽きる。

 多くの場合、候補者は特定の地域や団体と結びつき、自分たちを当選させてくれた住民に対する個別的利益の提供を優先するインセンティブを持つようになる。特に都市計画法の制定からバブルが崩壊するころまではそのような圧力は極めて強かっただろう。このため、人々の土地利用を制限するような政治決定は難しくなり、開発利益を狙った闇雲な宅地開発によるスプロール(都市が無秩序に拡大する)につながったのである。

日本特有の「制度」は 変えられるのか?

 「賃貸より持ち家=新築」を支えてきた「制度」を変えることは可能なのだろうか。まず求められる政策は、新築住宅を取得する費用を高めて、他方で中古住宅や賃貸にかかる費用をより低くするものになる。その一歩としては、宅地開発と新築住宅建設の抑制、地域における住宅戸数の管理といった手段になる。

 既存住宅に住む地域住民にとっても、新築住宅の過剰供給が続けば、自分たちの既存の住宅の価値を下げる可能性がある。中古で売れなくても自分が死ぬまで使えればいい、と思う人はいるだろう。

 しかし、何らかの事情で移動する必要が出てきたとき、まともな価格で売れない中古住宅を抱えるのは端的に悲惨だ。死ぬまで使えたとしても、そんな住宅では子どもや孫がその住宅の処分に困るかもしれない。将来を見据えた利害関係者として、地域での新築住宅の建設に関する意思決定に関与する資格はあるだろうし、そのような関与は新築住宅の抑制にもつながりやすいと考えられる。

砂原庸介 (神戸大学大学院法学研究科教授)

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191218-00010004-wedge-soci&p=1